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高校に入学するあなたへ

【またもや鉄道旅行とは無関係、それも季節外れな話題ですが、「人生の旅路」ということで以下ご勘弁を】
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 高三の梅雨入り間近のホームルーム。議題は、九月下旬にある文化祭の出し物。
 別に考えはないし、あっても提案者になって目立つのは嫌だし、というかどうでもいいから早く終わんないかなあ…という、よくありがちな空気が教室に流れている。時々、議長役が誰かを指しても、
「なんでもいいでーす」
 その状況に憤り、しびれを切らした僕は、たしか映画だったと思うが、意を決してアイデアを提案した。僕は正しいことをした、という気分だった。だが…
「えぇー、それはやだぁ~!」
クラスの多数を占める女子たちが騒ぎ出し、議論もないまま多数決へ。騒いだ連中は反対、残りの大半は反対にも賛成にも手を挙げず、僕の提案は数分で葬り去られた。僕の方を盗み見ながら「バカじゃないの?」といった風に耳打ちで話す姿がいくつも見える…さらにその直後、
「お餅つきってさぁ、なんでお正月しかやんないのかなー。夏でも秋でもお餅おいしいよねー」
ある女子のグループがふざけ半分で言い出すや議事を仕切り始め、やがて多数決で「お餅つき」に決めてしまった。飲食店は高倍率の抽選があったけれど、それもクリアしてめでたく正式決定…。
 僕がクラスに背を向けても、おかしくはない。
 自分を傷つけ、クラスに居づらくした上、ふざけ半分の案を理不尽なやり方で押しつけた連中への恨み。餅つきだろうが何だろうが、こいつらが言ったことである限り意地でもやるもんか。

「ねえねえ!ダイスケん家に臼や杵ある?」(ダイスケは筆者の本名)
 だが言い出しっぺたちは何を考えてるのか、なれなれしく肩を叩き、笑って僕に餅つきの話をしてきやがった。特に、「お餅つきってさぁ…」と最初に言い出した女の子がしつこい。返事どころか殴ってやりたいぐらいの相手なのだが、あいにく当時から人を黙殺する勇気もなかった。
「…あるわけないだろ。なんでだよ」
「ほら、ダイスケって何か変わってるじゃん、だから臼とか持ってんじゃないかって!」
「……………」
やがて連中は、自分たちで道具を借りる算段をつけたらしかった。でも、僕には関係のない話だ。
 クラスの「多数」で決めた餅つきだったが、しかし期末テストと梅雨が明けて準備が動き出してみると、やる気のある人間は十人程度。これでは準備はさておき、餅をつき続けながら店を出せる訳がない。ざまあみろ。文化祭の話題を避けてくれていた話友達も、彼女らへの陰口とともに「やっぱお前の案の方がよかったよ」などと言ってくる。
 ただ少数派になった実行側は、しらけた空気をものともせず、毎日うれしそうにメニューや衣装の考案を呼びかけたり、大声でキャッチコピーの案を出し合ったりしていた。そして例の女の子は相変わらず僕に、何かというと質問や相談を振ってくる。
「早めにポスター刷って部屋中に貼ったらクラスも盛り上がると思うんだけどさぁ、ウチら、ちゃんとしたポスターとか描けるヤツいないじゃん。で、ほら、ダイスケって…」
 続けてどんな失礼な表現をされたか思い出せない(ヲタクという言葉はまだなかった)が、漫画を描くヤツということで、ある日そう持ちかけられた。夏休みは終わっていたが、まだ外には入道雲が見えていた。
「……………」
 どうしてかは忘れたけれど、僕はポスターを描いてみた。したいともできるとも思っていなかったが、やってみたらできた。手分けしてそれを貼るのも含めて、楽しかった。メンバーも喜んでくれたし、参加していないクラスメートが目を引かれているのを何度も見た。
 そして当日にはなんと、僕は中心メンバーの一人として、中庭で威勢よく餅をつき続けていた。声をからして見物客を餅つきに誘い、面白おかしく売り声を上げつつ客と掛け合いもする。これも直前までは自信も関心もなかったことだが、でも今はできていて、体がくたくたになってもまだ頑張れるし頑張りたい…最後の何日間かで仲間がドッと戻ってきていたし、なにより僕らの餅つきは圧倒的な注目を受け、人を集めた。見物や杵の順番待ちの人垣は絶えず、そして餅を丸め終えるや横の売場へ客が殺到する。
「こんなことが僕に、僕らにできたんだ…」
 終わった時の充実感と、それを仲間と共有してるという喜びは、どうやっても上手に書けない。
 さらに、クラスは銀賞に輝いた。各学年で一つもらえる賞だが、当時はどの学年も十二組まであった。



「ウチら、最初から餅つきしたかったんだけど…変でしょ?でも、あそこでダイスケがもっと変な提案してくれたから、すっごく楽に言い出せた。だから…」
 打ち上げの席で、言い出しっぺの彼女が教えてくれた。自分たちのせいで傷ついた僕のために、役目を持ちかけて、クラスの中に居場所を作ってあげようとしてくれていたのだ。いつも笑っていたけれど、あの状況でわざわざ僕に話しかけるのは勇気がいったはずだ。そして僕は夏休み明けまで、いやいや返事をするだけだった。それでもしつこく…なんで、そこまでしてくれたのか…。
「ホントにごめんね…でも、ありがと。すっごくうれしかった」
 真剣な眼差しで、あらためて謝罪と感謝の言葉。でも、謝ってくる彼女がすごく大きく見えて、僕の方がドギマギしていた。握られたままの手が、びっしょりと汗をかいている…。
 …僕のためになんて実は後づけで、まんまと利用されただけかもしれない。
 でも利用されたのだとして、それで僕はバカを見ただろうか。
 新しい能力や楽しみの発見。いまだかつてなかった興奮と充実感。仲間。そして銀賞…餅つきに加わったことで、他の仲間とともに、僕もいい思いをした。逆に、いっときプライドを傷つけられたことを理由に、あのまま言い出しっぺたちを悪者にして背を向け続けていたら、僕にはどんな記憶が残っていただろう…。

 殴ってやりたいほど憎かった彼女は、実はほほえむ運命の女神だった。
 そして僕は、握ってくる手に引きずられるようにして、その彼女と付き合い始めた………となっていたらそこで筆を置けるのだが、でも翌週の放課後に、僕の五倍ぐらいいい男と仲むつまじく下校するのを見てしまった。さすがは女神様、文化祭で頑張った程度でそこまで与えてはくれない(笑)。
 ただ、身についた新しい興味や能力、それに自信は僕に残った。
 あとは、与えられた場所や仕事が嫌そうに見えても、嫌だという印象や、与えた人間への恨みにこだわるのをやめられた。「…やってみるか」と思えるようになり、今日までのところ、やってよかったことの方が多い。やるとまた新しいことを知り、素直ないい人に見えるのか周囲も優しくしてくれ、次もまたやってみようと思う。
 …まあ、もしかすると懲りずに誰かに利用されてるのかもしれないけれど、でも、やることで自分が何かしらを得て、他の人にも何かを与えられている限り、それはどうでもいいことでしかない。

 最後に、文化祭の後日談。やってみて、この時期に餅つきを見ない理由を僕らは学んだ。
 暑いからだ。マジで死ぬかと思った。
 その晩から、水を飲んではひたすら眠り続けた。代休が明けると、窓の外はもう秋の空。僕らは抜け殻みたいになっていたが、けれども眼だけは微笑んでいる。あの深い深い眠りの気持ちよさも、忘れられない。
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 …季節外れの話ですが、高校って何?と聞かれて最近、僕がまず思い出すことを書きました。
 友達がいる範囲も広がるし、アルバイトもできるようになるので、中学までとは比べものにならないぐらい、学校の外でも、いろいろなことができるようになります。
 でも、勉強は当然するとして、学校の中で、他にもう一つか二つ「荷物」をしょって、長い時間を費やして下さい。僕のように文化祭の中心になってもいいですし、部活動でもかまいません。人とかかわる中で何かをなしとげる…荷物とは、そういうことです。
 やれば、プライドを傷つけられる場面や、相手を殴りたいぐらいの理不尽な思いをする場面が、たぶんあります。でもそこで、相手を悪者にして陰口を言うんじゃなく、自分が変わることで問題を解決してみて下さい。
 それを覚えられるかどうかで、大人になってからの人生が違ってきます。よほど幸運な人を除けば、高校がたぶん、最後のチャンスですよ。

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