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岡山県東部…前編「なぜか駆け足な旅」

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 仕事帰りの足でサンライズ(上記リンク参照)の「ノビノビ座席」に乗り、夏休み初日の朝六時半頃、岡山着。
 ここから、三泊四日の岡山滞在。
 あいにくの曇り空、しかも線路の砂利がしっとり濡れているが、構わない。
「こりゃひょっとして、もう一雨来てくれるかな?」
 そんな展開を、むしろ期待している。
 鞄をコインロッカーに預け、駅ビルでアイスコーヒー。さすが無理やりとはいえ指定都市の中心駅で、この時間に着いても過ごし方に困らない。メモの整理をしてから駅前広場を眺める。大都市圏の主要駅では考えられないほど広く取られた歩行者スペースの先に、あまり車が溜まっていない車溜まり。その向こうの市街地は背が低くて、これまた大都市圏じゃないのが一目で分かるけれども、駅前から出ていく大通りの両側にだけ、現代的な高いビルがにょきにょき集まっている。
 その高いビルの麓に、ぽつりと路面電車。岡電の駅前停留所だ(下写真の奥の方)。
「やっぱ、路面電車で通学だよな…」
 思うが早いか、もう停留所に向かって歩き出している…もちろん筆者が通学するんではない。
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 夏コミを翌月に控えて大方書き終えた短編『かえりみち』、そのヒロインの下校の足取りを、七月下旬の今頃になって追いかけに来た。追いかけてみて、もし深刻な矛盾があったら書き直しだ。段取りが悪いどころか順序が正反対なのだが、学期中に三泊四日の旅などできないので仕方がない。それにまあ、舞台にしようと思う以上は全く初めて踏む土地でもないから…。

 東山行きの路面電車に乗ると、中心部と言えそうな市街地は十分もせずに尽きる。尽きてからの沿線が、いい。
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 片側一車線の道に入って旭川を渡ると、空が広がり、県庁や岡山城を載せた丘陵が川に浮かぶようにして見える。そして渡った先では木造家屋や石造りの銀行が細い道を囲み、電車はそれらの軒先をかすめつつ蛇行していく。その軒先を抜けると、行く手を山の緑に阻まれるようにして終点…駅からわずか十五分前後の一角。観光名所は何もないが、レトロな町並み好きにはたまらないゾーンだ。古い家屋ばかりとはいかないが、狭い道を行く路面電車がいいアクセントになっている。
 そのあたりを中心に見て回り、雨に降られつつ下校を急ぐ主人公を景色の中に置いてみる。と、本当に雨。瓦葺きの軒や塀の向こうの緑が、濡れるにつれて色を濃くする。
「思った通り、雨もいいもんだね…こんな町に住みたいな」

 …などと感激したくせに昼前にはさっさと駅へ戻ってしまい、食事しながら写真とメモの整理をすると、そそくさと山陽線に乗って東へ。パイプじゃなしに金網でできた網棚、青い布地が張られたボックスシートに薄緑色の内壁…子どもの頃にわくわくしながら乗った「東海道線の車内」をそのまま残した電車が、まだ走っている。やがて景色は田園から山村になり、線路も登り勾配になっていくが構わず乗り続け、吉永(写真右)、そしてヒロインの行程にしたがって県境の手前・三石(写真左)で下車。
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 どちらもホームには木造の屋根柱が並び、そして無人駅になってもおかしくない乗降数ながら、業務上の都合で駅員がいる。掃き清められた構内。田舎のガランとした木造駅舎にして、窓口に明かりがある眺め…乗ってきた電車といい、気分は国鉄時代。その景色を楽しむだけで二十分はつぶれる。
(写真のように窓口を閉めている時間もあるが、それでも窓口の周囲や駅舎が原形のままよく整備され、職員の気配を感じさせる)

 ひっそりとした中、みずからも煉瓦造りの耐火煉瓦工場だけが動きを見せる山あいの町をちょこまかと探索してから、また東へ。傾きかけた陽を見ながら電車は船坂峠を越え、兵庫県の西端の町・上郡を目指す…。
 おい。

 岡山県から出ちゃったじゃないか。
 お前は岡山に三泊するんじゃなかったか?

 誰かが何か言っているが、構わず上郡で降り、智頭急行という私鉄のディーゼルカーで北上。この翌月に大水害に見舞われた佐用町に入り、長いトンネルでその町域から出ると、また岡山県に入る。「入る」というよりは、上郡から鳥取へ直線を引くと岡山県域北東の突き出た部分をかすめざるを得ない、と言った方が正しいのだが、ともあれ岡山県内だ。
 その山深い一角のさらに一番北のはずれ、次の駅はもう鳥取県下という場所に「あわくら温泉」という小さな駅がある…。

(つづく)

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