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金曜の夜11時。仕事を終えた足で上野駅の長距離ホームへ。青い客車が待っている。
手には「北陸フリーきっぷ」、そしてそれと一緒に発行された、値段の書かれていない寝台券。
同じ料金で何にでも乗れ、そこに寝台列車が走っているなら迷うことはない。
今年の春も何本かの寝台列車が消えていったが、この寝台特急「北陸」はフリーきっぷのおかげか、少なくとも週末は割合混んでいる。一番取りやすいだろうB寝台喫煙車で七割方の乗車。「カーテン一枚じゃちょっと…」という人に応えて個室のB寝台も多数あるけれど、そこなどは当然埋まっているはずだ。
はしゃいだ子どもがウロウロし、随所で小声の酒宴が開かれている…まだ飛行機が高嶺の花で、高速バスも目立たなかった頃のにぎわいを追体験できるが、切符が取れなければ元も子もない。
目が覚めると長岡で、まだ三時前。しかし、西へ向けて動き出した頃から周囲がもそもそと起き始める。
「雪だ!…やっぱ北陸だねー」
「でも降ってないね。昨日は晴れだったらしいよ」
ゆうべ一時近くまで杯の音がしてたのに、元気だなあ…(人のことは言えないが)。ただ必ずしも無駄な早起きではなく、列車は五時前後から富山県内の駅へ停車をし始める。
高岡着、五時五三分。小雪が舞う闇の中を、一番電車でもと来た方(東)へ戻る。日の出前のしびれる様な寒さの中、各駅とも売店が開き、複数の乗客が列車を待つ。終点の富山に至っては特急の乗車位置に行列ができ、老若男女が湯気の中で立ち食いソバをすすっている。首都圏の様に遠距離通勤する必要がないことを考えれば、意外なほど早起きだ。
朝食の三角寿司を片手に、富山平野を高山線で南へ。夜が明けた空は、曇天ながら雪が止んでいる。
一両きりの列車に揺られること約四十分、両側に真っ白な山が迫ってきたところで下車。その笹津という駅の周囲は何もない小さな町だが、どっしりした古い造りの駅前旅館が残っていて、三十分ほど時間を作って見にいく程度の価値はある。
そこに小一時間ほどいて、折り返しは旧式のディーゼルカー(右写真)。高山線もステンレス製のおもちゃみたいな新型車が占めるようになったが、朝六時前に富山発、折り返し猪谷を八時過ぎに出る便は昔ながらだ。カランカランカランカラン…遅いサイクルのエンジン音をバックに学生が乗り込む。向かい合わせの椅子が並ぶ車内は暖かみがあり、出入口と客室が仕切られているから実際に暖かい。コトコト進むうちに車窓はまた平野になる…このあたりから日が射し始めて気温も上がり、雪景色が消えてしまうのを危ぶみすらしたのだが…
高岡へ戻ると、前方の見通しが効かないほどの雪。そして手がちぎれるぐらいに寒い。よりによって「ここで一時間ほど潰そう」という計画だ。さらに、車でこちらに向かっている関西の友人たちから「大雪で速度規制です!」「福井県突入、前が見えません!」といった知らせが届き、滞在時間は延びていく…。
しかし旅行客にとっては異常事態でも、土地の人々はホームや側線で、黙々と日常の営みを続ける。その風景に筆者もつい夢中になる。
昼頃、止まない雪の中を西へ進んで倶利伽羅(くりから)峠を越し、加賀の国へ。
金沢の西郊・松任で友人の車と待ち合わせだが、着く頃にはウソの様に晴れてきた。
「あったかいね~」
「雪が止んでよかった」
が、昼飯を済ませ「さあ撮影地へ!」と勇んで店を出ると、またもや鉛色の空から白いものがチラホラと…
加賀笠間駅そばの撮影地に着く頃には、下の様な状態に。
自販機などなく、頻繁に列車が来るため車で暖を取るのもままならない。仕方なく、道路標識や人の三脚などを的に雪玉を投げまくって体を温める一行。ワインドアップ、サイドスロー…もうタダのアホにしか見えない。
滞在二時間あまり。引き上げる頃になってようやく茜色の夕空が姿を見せた。
「おい………」
ちなみに北陸という場所は、「日本海岸」という言葉が持つイメージに反し、実はダダッ広い平野が多い。この撮影地はその「真の姿」がよく伝わる場所の一つだ。そして北陸本線はその平野の真ん中を走っており、これまたイメージに反して車窓から海はあまり見えない。
だからという訳ではないが、宿は松任近郊の海沿いにした。しょっぱい温泉が湧き、新しめの日帰り温泉と宿とが一つずつある。雪がなくとも美しい眺めなのだろうが、砂浜に雪が積もっているという光景がとても不思議だった。
一晩中ずっと降ったり止んだりしていたが、翌朝はきれいに晴れた…と思いきや出かけるなり降ってきた。なぜか一行がどこかへ着くと降り始め、車に乗ると晴れるの繰り返し。おかげで、横なぐりの雪の向こうに青空が見えるという奇景も。
東へ戻り、倶利伽羅峠の山中へ。もちろん降っていて、そして滞在時間の後半になってから晴れた。
静かな山の中だが、振り返ると倶利伽羅駅が見え、列車でも来られる。線路沿いの一角には竹藪に囲まれた小径があり、いい雰囲気だ…そこを重厚な貨物列車や、手加減なしの高速運転をする特急列車が駆け抜け、静寂を適度に破っていく。もっとも列車が通らずとも、我々一行のバカ騒ぎが山にこだましていたが…。
峠を東へ越えて、石動(いするぎ…富山県小矢部市)から帰りの列車に乗る。ようやく固定して晴れるようになってきたので滞在を延ばそうとしたが、当初予定より一本後の「はくたか」はあいにく満席だった。
平野の向こうに見える雪山をしっかり目に焼き付け、高岡までの普通列車に乗る。高岡からは越後湯沢まで「はくたか」で二時間、そこから新幹線に一時間半乗ると東京だ。値段はフリーきっぷのおかげで、往路や現地の行ったり来たりとあわせ二万円あまり。
これほどまでに景色が違うのに、近すぎ、そして安すぎる。