切符は取れなかったが不意に時間が取れたので、大晦日、「青春18きっぷ」を握りしめて東海道線の普通列車に乗った。
東京7時24分発の伊東行きを選ぶ。この普通列車は特急の車両を使っていて、座席の掛け心地がいい。
長旅だから、楽をしたかったのだ。なにしろ、このまま鈍行を乗り継いで、普段は新幹線や夜行で帰っている大阪まで行くつもりなのだから。
過去にさんざん見てきた上で、「ひなび加減が足りなくて面白くない」と思い、新幹線や夜行列車でスルーしてきた沿線。
しかし、かなり東京寄りも含めて、途中に「地方っぽい場所」があるのを発見または再発見できた。以下にささやかな例を二つほど。
【わずかに小田原の二つ先、根府川とその付近の車窓。海を間近に見下ろす眺め、そして思いのほか人家がまばら】
【名古屋都市圏・豊橋駅前のデッキより。大通りのすぐ先に山が見える様子は、中四国あたりの地方都市を思わせる】
【おまけ:わざわざ入場券を買っての撮影でシャッターのタイミングを派手に誤る筆者(苦笑)】
「ヤツらは毎回、こんなん見とるんだな…」
…根府川や熱海の海を見ながら、東西の往来は必ず18きっぷで鈍行という若い顔見知りたちの顔が思い浮かぶ。なんだか悔しくなってきて、「よし、私もこれからは!」と気持ちを新たにするのだった………と言いながらすぐ先の熱海で新幹線に乗り換え、浜松までの「全列車全車長椅子(ロングシート)区間」をワープしてしまう。このへんがダメな大人の悲しいところ。
さて、上記の豊橋に着くのがちょうど昼時。そこで一時間少々の昼食休憩を取る予定なのだが…。
「駅の『なんでも食堂』」
と言って分かるだろうか。和洋の定食から麺類に丼物、コーヒー紅茶や酒・ツマミまで広く浅く揃えた食堂が、かつて大きな駅には必ずあった。立ち食いやスタンドコーヒーより少し高くなるが、重い鞄をしょった道中、駅にいながらテーブル席でゆっくりできるのは大きかった………が、そうやって長居されるのが災いしたのか(笑)、いまや食事なら立ち食いそばかスタンド風のカレー店、お茶ならスタンドコーヒーという具合に、客の回転が速いスタイルの店しかないことが多い。軽くビールを飲みつつ一服した後に食事とか、食後にコーヒーをすすりながら一服とかいった店は駅の外になるが、これが存外、大きな町でも簡単に見つかるとは限らないのだ。
要は「多少の長居が許される様な品書き・構えを備えた店に入りたい」ということだが、豊橋駅がその点どうなのかが分からない。別に食堂でなくとも、たとえば東京駅や品川駅にある『サンディーヌ』みたいなカフェテリアがあれば十分なのだけれど…。
「……………」
改札内に、立ち食いのきしめん店とラーメン店が各一軒。改札外はガラスと白い壁でできたスマートな連絡通路。新しそうな駅ビルと一体化した、スターバックスコーヒーが似合うそこに「なんでも食堂」などあるはずもない。
仕方なしに北口のデッキへと出て、先述の眺めに出くわす。
そしてふと振り返ると、駅ビルの隅に赤い提灯が見えた。
御影石風の壁面が輝く駅ビルの二階、しゃれたパスタ店に追いやられる様にして、一番端っこに『博多ラーメン』と書かれた提灯がぶら下がっている。デッキに面して扉があり、生ビールがあることを示すポスター。
「ラーメンとビールだけ、って感じじゃなさそうだな…」
計八人掛けのL字カウンターにテーブル席が二つ、という細長い店は空いていた。カウンターの卓上に灰皿を認めるやそこに座って隣へ鞄を置き、一人でいる真面目そうなお兄さんにビールを頼む。ジョッキは小ぶりだがビールはよく冷えていて、我慢していた煙草がうまい。
「えーっと…」
卓上のメニューを見る。枝豆・冷や奴に始まって練り物に揚げ物と、厨房の狭さの割に豊富なツマミ。人が入り始め、注文が立て込み出していたので冷や奴を一つ。品書きにはご飯もあり、揚げ物はつまみのためだけじゃない様だ。"食前にビール"か"食後にお茶"かで迷っていたところでポスターを見てビールにしたのだが、コーヒーやジュースもちゃんとメニューにある。後ろのテーブル席からラーメンの匂いが漂い出した。何かを炒める音が止み、餃子が七つ乗った皿をお兄さんが他の客に差し出している。ジョッキになお残るビールを眺め、ゆるゆると二本目に火を点ける筆者…。
「…こりゃまさに『駅の"なんでも食堂"』じゃないか…助かるなあ」
実態はただの狭いラーメン屋なのだが、それが旅の途中の駅構内にあるのがありがたく、大食堂とは似ても似つかぬ店に思わず感嘆。
ビールと冷や奴を片付けてから、食事をすべく品書きを見る。『博多ラーメン』と謳っているだけあって、一番上に書かれたそれが醤油ラーメン・味噌ラーメンより50円安い。
「きしめんを脇へ置いて、わざわざヨソの名物を食べるのも面白そうだ」
というのも手伝い、博多ラーメンを頼む。
…その種のマニアが見たら怒り出しそうな博多ラーメンだったが、500円のラーメンとしては十分だった。
まあ、きしめんが食べたければ、この先にも立ち食いがいくらでもある。
以上でお会計は千円足らず。いい一休みをしたつもりが、まだ三十分も経っていなかった。デッキに出て、路面電車が走る駅前通りへと降りていく筆者。気温は低く乾いた風も冷たいが、ほんのり酔いが入った頬は温かく、快晴の空に太陽がある。この先、大阪までは普通列車といえども結構速く、13時に出ても17時頃に着ける。もし面白いものがあれば、多少時間を遅らせてもいい…。
ともあれ、豊橋駅にはしっかり食べてゆっくりできる店が、駅にある。
【 次回は、復路の穴場と簡単な"まとめ"をお伝えします 】