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伊予灘と内子、大洲(上)

 夏休みの最後の週に、ようやく三日ばかり休みが取れた。
 あれこれ迷った挙げ句、古い町並みや海沿いの線路を求めて、愛媛県の中予地方西部(内子、大洲、伊予灘沿岸)を列車で旅した。

 なお切符や往復の旅程については(下)の末尾で示す。

ファイル 9-1.jpg

★伊予大洲―――昔を残すということ
(右下写真は伊予大洲城趾。孤立した山城みたいだが左手に大洲市街がある)

 いきなり、東京へ帰るべく大洲の街を後にする場面から書く。
 駅へ向かうタクシーで立ち寄り先を聞かれ、海沿い、内子と回ってここへ来たと伝えると、
「内子はよかったでしょう」
初老の運転手氏は開口一番、よその町をほめた。ただし口ぶりに嫌味はない。
「ええ。でも古い建物のある町が目当てなんで、ここもよかったです」
「ああ………じゃあ、赤煉瓦館は行かれましたか?」
 筆者はその前を通りはしたが、下調べの段階で黙殺を決めていた。銀行として使われていた明治築の洋館なのだが、横浜や函館の煉瓦倉庫同様に原形をとどめていない。外壁には塗装が施され、中は特産品の販売コーナーや飲食店。本来その敷地ではなかっただろう場所に、広場や、カフェテリアのある庭園をしつらえて隣接させている。
「自慢の『新名所』なんだろうけど、そういうものを喜ぶ趣味はないんだよな…」
 運転手氏の問いかけに失望しながら、筆者は「はい」と返事した。
 が、運転手氏の真意は筆者の予想と違っていた。
「前はあのあたりに、油屋いう、大きな古い家がありましてなあ…」
「昔の商家か、なんかですか」
「ええ。そりゃもう、あのあたりじゃ一番大きな、昔っからの立派な建物でしたがなあ」
「やっぱり、維持しきれなくて売りに出して…ですか」
「いや、市が管理することになったんですけどな、管理するどころか壊してしまって、あんな風に…みんな呆れてますわ」
「……………」
 つまり、赤煉瓦館の広場や中庭がその跡地だった。木造家屋が建て込む中、そこだけが妙に開けていて不自然だったのだが、不自然なのは無理もない。運転手氏の回想を聞くほどに、町並みに混じってその旧家が建っている風景、それが原形のままの煉瓦建築と並んでいる風景が見たくなった。「角を矯めて牛を殺す」という言葉を思い出す。いや、煉瓦館の姿を思い出すと、角すら矯めていない。
 市にも、言い分はあるだろう。人の使わなくなった建物を何でもかんでも取っておけというのか、こちらも食べていかなければならないんだ、と。
 でも、平日とはいえ旅行シーズンなのに、巨費をかけて改装しただろうその新名所は静かだった。少し東側にある、土壁や連子窓の建物がそのまま使われている町並みの方がそこよりも旅行客を集めていた。
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 右手にそれらの町並みがある地区、左手に大洲城趾を囲む中心街を見ながら、タクシーは橋に差しかかる。渡っていく肱川の水面に、白い天守閣を載せた城山がゆらゆら映っている。
「天守閣を復元する時も、みんな反対しましてなあ…」
 わりに最近、作られたのだという。城山には登ったが、予讃線の鉄橋を撮るためだったので天守閣はよく見なかった。
「…雨降ると川があふれるとこがあるのに、それ直さんで天守閣建てて」
「あった方が人寄せになる、ってとこですかねえ…」
 みんな反対、というのはいくらか割り引くとして、油屋の話のおかげで筆者は運転手氏のセンスを信用している。四国の城趾の中では有名な方だから、見に来る人々を意識して復元を急いだのだろうか。
「それがね、城跡を見て回っとる人に言わせると、残ってるままで別にいいそうで…それだったら何かの土台が残っとったんですけどねえ…」
 似た様なことを、前にもやっているのだった。

 …とはいえ、上の二点を除けば大洲の町並みはすばらしい。市街の東端にある、明治大正頃の商家の建物が並ぶ通りもそうだが、そこに向かって東西に走る街路も、窓枠や扉まで木造のままの商店や古い洋風建築の医院が町をなしている。
 建物があるだけでなく、どちらも大部分が店舗や住居として現役で、土地の人々が通ったり立ち寄ったりする生きた町並みだ。だから残っているのだろうし、もし無人の場所に古い建物が保存されているだけなら映画のセットと同じで、それだけのために遠くから人が大勢来たりはしないだろう。
 逆に言えば、ひとたび使われなくなった建物を残すことや、一度壊した建物を意味ある形で復元することは難しい、ということらしい。
ファイル 9-4.jpgファイル 9-5.jpg
「それじゃ、お気をつけて」
 タクシーが駅に着いた。運転手氏の声に見送られて駅舎に入る。
 一つ忘れていた。この駅のホームも、「一昔前の田舎の駅」を残している。

(つづく)

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