記事一覧

不思議なロープウェー

 同人誌イベント「そうさく畑」参加のため、神戸へ。本番は日曜だけれども、親戚づきあいを除けば一年ぶりの関西。空いているなら前日から出かけない手はない。
「さぁて、どこへ遊びに行ってやろうかな~!」
ファイル 12-1.jpg
 …が、勇んで降り立った昼過ぎの新神戸駅は、激しい雨が満開の桜を叩き落とす悪天候。濡れネズミで三宮の宿へ着くともう出かける気にはならず、しかも書きかけの作品と間違えて仕事の書類を開くや、いつの間にかそちらに集中してしまう………そして気づくと外は夜。東京にいるのと変わらず、休日ですらないじゃないか…。
 ただし、雨は上がっていた。宿の前の通りを渡ると、六甲の山上にある建物の灯が間近にくっきりと見える。
「やっぱり、神戸にいるんだ…」
 現金にも今度は浮かれて歩くうち、北に山手幹線、西に生田神社の森という一角に入り込み、柄にもなくバーのような場所へ寄って散財してしまった。バーテンを務めるお嬢さんに声を掛けられるまま、たわいのない話が進んでいく。
「温泉があるような深い山がすぐそばに見えるってのは、いいよねー…おかげで夏暑いけど」
 東京から来たいい年の迷子を珍しがってくれたお礼に、さっき見て思い出した神戸のよさを褒めると、まだ学生だというお嬢さんは、そらそうや!とばかりに快活そうな目を見開いて答える。
「うん、山近いで!東京はずーっと街ばっかやもんなぁー」
そこで少しだけ間を置いてから、思い切ったように笑って、もう一言。
「東京は一週間いたら、それでもうええって感じ!」
 よくぞ言ってくれた。東京には空が、もとい、山がない。神戸と言えばやっぱり、目の前に山がある景色だ。そしてこの近さなら、明日イベントが終わってからでも…。
ファイル 12-2.jpg
 果たして翌日の十五時半にイベントが終わるや、快晴の空の下へ筆者は飛び出した。同じく三宮で十八時から打ち上げだが、余裕である。目指すは地下鉄で北へ一駅、山裾のどん詰まりの新神戸駅から山上へと延びる、その名も「新神戸ロープウェイ」。駅前から観光ロープウェイが出ているとは、実に効率がいい。

 しかし、駅前ではなかった。
 車寄せで見つけた案内板にならい、人通りの少ないデッキを南へ。山頂は北側だから方角的におかしいのだが、デッキの向こうはランドマークと言えそうな新しめの巨大建築で、なんとなく信用して進む。しかし、どう見ても裏口みたいな位置からその建物に入ると、中は駅ビルの食堂街をうんと狭くしたような一角で、おまけに静まり返っている。
「…数日遅れのエイプリールフールか?」
と思いきや、そこでまた案内板を発見。従うままに歩くとやがて吹き抜けのショッピングモールが現れ、アイスクリームをなめる普段着の家族連れを横目に階段を下りるうち、とうとうビルを通り抜けてしまった。さらにビルを回り込むようにして歩くと、ようやく「ロープウェイ入口」。なるほど、北向きに伸びた遊歩道を帰り客らしい人々が下ってくる。けれども道の先にロープウェイ乗り場など見えない。登ってカーブを曲がり、さらに斜面を上がっていくと、ようやくゴンドラを吐き出す駅舎が見えた。
 つごう十分あまり。時間を食い、発車時刻が合うかどうか心配になっていたが、幸いスキー場にあるような四人乗りのゴンドラが連なったタイプで、かつ夕方のせいか空いていた。
「文句言ったら、『新神戸』じゃなくて『新・神戸』なんです、とか言うんだろうか?」
 …急ぎじゃなければ十分歩くぐらい構わないのだが、道順が観光施設のそれじゃない。客が集まるのか?
ファイル 12-3.jpg ファイル 12-4.jpg
 でも見晴らしは乗ったそばから素晴らしく、恐ろしいほどだった。
 …いや、高所恐怖症の筆者は本当に恐ろしかった。上で書いたビルは約四十階建てなのだが、そのてっぺん【写真左】が一分ほどで目の高さに来て、しかもビル付近の地上が同時に目に入る。うわ恐っ!と思って身を沈めると、小さなゴンドラがグラリと揺れて余計に恐い。
「ひぃー……。ロープウェイって、こんなに恐かったっけか?」
 視界の真正面が一面の平地。しかも市街地だから、高さを感じさせる物体が嫌というほど見える。ロープウェイのキャッチコピーで「空中散歩」というのをよく聞くが、たいていは視界の正面には隣の山があって、下を見下ろさないと宙に浮いた気にはなれない。でも、ここは正面を向いたままで空中散歩ができる。
 …とはいえ三分ほどすると傾斜がやや緩み、山も深くなってきて眺めが落ち着く【写真右】。山の緑と百万都市が、両方同時に見える。これもロープウェイの眺めとしては珍しい。
 見とれて、あれやこれやと写真を撮っているうち、途中駅「風の丘」(右写真下部)。途中駅というのも珍しかったが、周囲には何もない。ただ下り乗り場には人の姿があって、係員の手で開けられたドアから乗り込むグループを見た。どこへ何しに行ってきたんだ…?
 ともあれ全部で十分ほどで、山上の終点「布引ハーブ園」駅へ。
ファイル 12-5.jpg
「うわ、もう五時近くか…」
 でも心配は無用だ。山上には見晴らしのための小さな広場と軽食堂、それにハーブのグッズを並べた店があるだけで、その外側にある森林へは行こうとしても行けない。下に向かってだけ道があり、ハーブ園とやらに続いているようだが、とにかく周囲の人影は多くなかった…静かなのは好きだし、見る場所の少なさは時間がない筆者には好都合だけれども、往復1,200円のロープウェイに客が集まっているのか心配になる。
 眺めて写真を撮って、一服してから下りに乗車。
「せめてハーブ園の外観だけでも見てやろう」
 下を眺め、山頂からの小径を目でたどる。ほどなくハーブ園の建物は見えたが、屋外に草花が見えるわけじゃなく、そして小径はハーブ園を過ぎてもなお続き、ロープウェイの右になったり左になったりしながら一緒に山を降りていく…その、日が傾いて緑が濃くなった道を、家族連れやアベックが三々五々歩いている。見ているうちに先ほどの途中駅。前のゴンドラのドアを係員が開け、道を降りてきた人々が乗ってきた…。
「ああ…このロープウェイって、市民の散歩道だったんだ」
 なるほど、それなら上にたいしたものがなくても構わない(ハーブ園に失礼だな…)。そしてショッピングモールの脇から出ているのも、むしろ目的に沿っている。遠方からの客も絶無じゃないだろうけど、人々はいずれも普段着の軽装で、市内か、遠くても明石や大阪からといったところ。どちらにせよ、ロープウェイで登る深い山が気軽な散歩道だなんて、東京の人間にはうらやましい限りだ…。
「やっぱり山がすぐそばにあるって、いい街だなあ…」
 水平線とその下に見える臨海部、そして、山の続きで傾斜しているのが分かる幅の狭い街を見下ろしながら、筆者は神戸を見直していた。

 ちなみに、春・秋の土曜休日と夏休み中の全部は、夜九時前まで山頂に滞在できるようロープウェイが動いている。夜景もきれいだろう。
 もう一つ。下の駅へ戻った後、遊歩道にあるカーブを曲がらず直進して先出のビルに沿うようにして歩くと、ビルと新神戸駅とを結ぶデッキにあっさりたどり着いた。いったい何だったんだ…。

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://dai.s151.xrea.com/kinkyo/a_kinkyo/diary-tb.cgi/12

トラックバック一覧