「脚本・みのり二人」作品サンプル
=ロケーションと設定…省略=
=本文=
シーン1・1
大雪が降る中、まず道の向こうから校門と校舎を見た図。路面電車が横切る。
続いて校門にある校名の看板のアップ。「富山県立いずみ総合高等学校」という校名をハッキリと映す。
校門から見た校内の眺め。そして見上げ気味に校舎の外観。
吹雪いてはいないが、大粒の雪がかなり強めに降っている。地上には足首が埋まるぐらいの積雪。
校舎内。生徒の大半は女子。まず教室で昼食を食べる生徒たちの姿。
続いて教室に掛けられたカレンダーが十二月なのを、アップで長めに映す。
廊下。制服姿の高校生たちがパラパラと行き交い、呼び出しの放送が聞こえる。パンや弁当の袋を持ったり提げたりする姿が目立つ。
その中を歩くみのりの姿が、正面向きでクローズアップされる。猫背で、顔に生気がない。彼女だけが鞄を持ち、マフラーとコートを小脇に抱えている。
全身からバストアップに切り替わると、
桃乃 「みのりー!」
みのりを呼ぶ桃乃の声。
引き気味のカットに戻るとすぐに桃乃が追いついてきて、みのりの前に回り込む。
以降、向き合う二人orどちらかのアップを適宜繰り返しながら会話。
桃乃 「もぅ、どこ行っとったの?お弁当食べる時間なくなっちゃうよ!」
みのり「ゴメン。今日、早退する」
桃乃は驚いてみのりの顔を覗き込む。
桃乃 「……え?どうしたの?」
みのり「頭痛くて、ちょっとフラフラする。風邪かも」
桃乃 「えぇ?大丈夫ぅ?」
桃乃は顔を近づけながら、みのりの額に手を当てる。桃乃は心配しつつも何気ない動作として行うが、みのりは目を丸くして、次いで恥ずかしそうな表情に。
桃乃 「熱は、ないみたいだけど…帰れる?」
みのり「うん、大丈夫だから…」
桃乃 「あ。昇降口まで送ったげるよ!」
みのり「え…」
二人の全身を映す。桃乃はみのりの手を握ると、こちらに背を向けて近くの階段を降りる。
階段を降りる二人を前から描く。
すぐに、つないだ手のアップ。
次いで、ドキドキしたようなみのりの顔のアップ。
昇降口。みのりがコートに袖を通していて、桃乃がマフラーと鞄を持つ遠景。二人は九十度より少し広い程度の角度で向き合っている。
以降、二人の上半身をベースにしつつ、時々どちらか一人のアップ。
桃乃 「あのね、みのり」
みのり「ん?」
桃乃 「みのり、今日だけじゃなくて、最近ちょっと元気ない気がするけど…大丈夫?」
みのり「……………」
みのりは一瞬手を止めて黙ってから、ぎこちない笑顔を作る。
みのり「そ、そんなことないって。大丈夫。今日だけ」
桃乃 「そっか。ならいいけど…」
言いながら桃乃はマフラーと鞄を渡し、みのりが鞄を肩に掛けるのを待ってから、両手でみのりの右手を包むように握る。
手のアップを挟んで、元のアングルに戻る。
桃乃 「じゃあ、気をつけてね」
みのり「うん。ありがと………あ、私は大丈夫だから、桃乃、早くお弁当食べちゃいなよ」
桃乃 「…分かった。じゃあね!」
桃乃が背中を向けて校舎内に戻っていく。
ボーッとした表情で桃乃を見送る、みのりのバストアップ。
続いて、胸のあたりで合わせた両手。右の掌を、左手の指先で包むように撫でている。
クロスフェードで、桃乃に握られた手のアップをもう一度挟む。
クロスフェードして昇降口に立つみのりの遠景に切り替わると、みのりはたどたどしくコートのポケットから手袋を出して、片方ずつ手に着けていく。そのまま短くフェードアウト。
シーン1・2
短くフェードイン。電車通りの歩道を歩いて歩道橋に近づくみのりを歩道橋の上から。車道は除雪と車通りのおかげで雪が少ないが、歩道には積雪がある。大粒の雪が降り、傘を差したみのりの歩みは遅い。
次いで、歩道橋を上がるみのりを前から。
みのり「よっ、こらせ…」
歩道橋は除雪されているが、辛そうな表情をしながら一歩ずつ上がってくるみのり。
足取りのアップに切り替わる。階段が終わって橋上を歩くようになっても、足取りは重い。
富山市内側の地上から見た、歩道橋と堀川小泉の停留所。みのりが停留所に至る階段を降りてくる。少し先から路面電車が近づいてくる。
停留所を横から。こちらに背を向けて立つみのりの前で電車のドアが開き、みのりが乗り込み、ドアが閉まって電車が動き出す。
シーン1・3
空いた車内。電車が加速する音。膝に鞄を載せたみのりがロングシートに座る。
すぐに、みのりの上半身のアップ。うつろな目の、しんどそうな表情。自動放送が流れる中、肩で息をしながらみのりは手袋を外しにかかる。
手のアップに切り替わる。右手の手袋が外れ、掌がこちらを向く。
画面がみのりの頭部のアップに移る。しんどさを顔に残したまま、目がじっと手を見つめている。
右手を見つめる仕草をやや遠景で描いてから、すぐにバストアップへ。みのりの声だけが流れる。
みのり「あんなに心配してくれたけど…でもそれは、友達だから、だよね」
やや間を置いて、またみのりの掌のアップ。小指の外側の端に黄色い絵の具がポツリとついていて、それがクローズアップされていく。
みのりのバストアップに戻る。みのりは目をそらしながら、隠すようにして右手を左手で覆う。向き直った彼女うつむいて、蒼白い顔をさらに辛そうにゆがめる。みのりの声だけが流れる。
みのり「…絵は、もうやめるんだから。そう。やめるんだから…」
辛そうな表情のまま、みのりは目を閉じる。
画面が車外に移り、電車が交差点で止まる。窓の外に降る雪。青に変わる信号のアップ。ノッチを動かす運転士の手元。走り出す車内…とカットが切り替わっていく。
最後に、みのりの膝から上を映したカット。彼女は鞄に顔を半分埋めて眠ってしまっている。画面がクローズアップされていき、鞄のポケットからスマートフォンが頭を覗かせているのが大写しになる。スマートフォンには、小さな手毬のついた紫のストラップがぶら下がっている。
そのまま長いフェードアウトを経て画面が黒一色になり、タイトル表記。
シーン2・1
タイトル表記が消えて、長いフェードイン。
真夏の金沢・兼六園。
蝉の声。適度ににぎわう園内の美しい場所を数カット。
最後に花見橋のそばの緑に囲まれた流れを描き、みのり、桃乃、亜美、遙香が私服で散策する姿がその中に入っている。
四人のアップに切り替わったところで、
「うわー、きれいー!」
「なんか、癒やされるっていうか…」
(ほか適宜景色に驚嘆するセリフを)
四人は歓声を上げて、スマホで写真を撮る。
その後、水の流れに沿って歩きながら撮ったり眺めたり談笑(セリフは適宜)したりする四人の姿を数カット入れる。
霞ヶ池に面した茶店で、何か甘い物を食べている四人。池をバックにテーブルを囲む四人を描いてから、以降、会話の流れに応じて一人か二人をアップで。
みのり「ゴメンねー。私が来たいって言ったせいで、こんなとこまで来させちゃって」
桃乃 「ううん全然楽しかったし!みのりグッジョブ!ていうか買い物だけだったら、金沢ってそんなでもなかったじゃん?」
遙香 「正直お年寄りが行くとこちゃ思っとったけど…次は、二人っきりで来たいな〜」
亜美 「えっ、遙香リア充なの?」
遙香 「なわけないっちゃ。だから亜美ちゃんデートしよ〜ウチ初めて会った時から亜美ちゃんのこと…」
亜美 「うわ、遙香レズだー!変態、キモ〜い!」
ドキリとしたみのりの顔。背後で会話の続きが響き、桃乃が一緒に笑うのも聞こえる。みのりの顔がドギマギしながら暗くなっていく。
やがて四人全員のカットに戻る。壁にあるらしい時計を見た桃乃が軽く驚いて、みんなに言う。
桃乃 「あ、こんな時間。そろそろお土産買わんと明るいうちに帰れんくなるよ」
亜美 「どこで買うー?」
遙香 「門のとこにお土産屋さんとか並んどったよね。そこ行こ!」
四人はそれぞれに残りを片付けたり、席を立ったりする。
シーン2・2
場面は茶店通りにある土産物屋に移り、四人が土産物を選んでいる。
遙香 「ちょっとトイレ行ってくる」
亜美 「あ、ウチも行く」
桃乃、二人を送り出して向き直る。ほどなく店内のどこかに注目し、指差しながらみのりに呼びかける。
桃乃 「ねえ、あのストラップ!…かわいくない?」
振り向いて、桃乃が差す方を見るみのり。
すぐに、レジの前にぶら下がる、小さな手毬がついたストラップが大写しになる。
みのりと桃乃が並ぶ姿。みのりもうれしそうな顔をしている。
みのり「…うん。かわいい」
桃乃 「一緒に、買おっか」
レジの前で二人それぞれストラップを選ぶ場面。
続いて、二人がレジで店員と差し向かう。
桃乃 「これくださーい」
店員 「ありがとうございますー。紐のところにお名前入れられますけど、どうします?」
桃乃 「え、名前入れられるんだー!じゃ、お願いします!」
みのり「…あ、私も」
短くクロスフェードして、出来上がったストラップを店の中であらためる二人。
みのりが持つ「MINORI」と書かれた緋色のストラップのアップ。桃乃が持つ「MOMONO」と書かれた紫のストラップのアップ。
元のアングルに戻る。みのりが笑みを作って、でもためらいがちに桃乃に持ちかける。
みのり「あのさ…取り替えっこしない?」
桃乃 「え?名前入れちゃったじゃん」
みのり「えっと…だから、交換しよ。これからも………友達だよ、ってことで」
桃乃 「…いいよ。これからもよろしく!」
二人の胸のあたりがアップになって、ストラップを交換する手が映る。
交換が終わると元のカットに戻る。
みのり「うん。よろしく!…大事にするね」
みのりが手にしたストラップが、「MOMONO」という字が読めるぐらいにアップになる。
シーン2・3
やや長めのクロスフェードで、あいの風とやま鉄道の電車がひなびた場所を走ってくるカット。先頭の行先表示に「富山」と表示した銀色の電車が夕焼けを背に迫ってきて、走り去る。
車内。向かい合わせになった座席に四人が座っている。
夕日を背にした亜美・遙香がお互いに寄りかかって手をつないだまま眠っている。
すぐに夕日を受けたみのりと桃乃に移る。軽く手をつなぎ、でも座席の境目に沿って距離を保った二人。
以降、二人を入れたカットと話す方のアップとを適宜切り替える。
桃乃 「そうだ。みのり、『十年後の自分レポート』、どれぐらい進んどる?」
みのりは顔を曇らせて、少し黙ってから答える。
みのり「全然書けとらん…九月のおしまいに、間に合わんくなるかも」
桃乃 「え…マジ?」
みのり「…うん」
桃乃 「だってみのり、美大行って絵やデザインの仕事するって、あんなにハッキリ言っとったじゃん」
みのり「…でも調べてみたらね、そういう仕事って、どれも大変で、お給料安いみたいだし…」
桃乃 「……………」
みのり「それに、デザインとかの仕事も、あと美大や専門学校も大きな街にしかなくて、東京とかに出なきゃいけんくなるから…だから勉強頑張って、富山大とか目指すかも…」
桃乃 「えー。あんなに絵うまいのに、もったいないよー。東京に行ったらいいじゃん!」
そこでみのりが急に食ってかかるみたいに、でも悲しそうな顔で桃乃に言う。
みのり「なんで桃乃がそんな淋しいこと言うの?そんなの嫌!」
やや遠めのカットに切り替えて、絶句する桃乃と「しまった」という顔で黙るみのり。
その後、並んで座る二人を斜めから。
みのり「…ゴメン。心配してくれたんだよね」
桃乃 「ううん。いいよ」
二人は前を向き直る。
軽くつないだ手のアップ。
続いてみのりのあまり明るくない表情のアップ。そのまま短くフェードアウト。
シーン2・4
短くフェードインすると、夏日を受けた校舎。
すぐに美術室に切り替わる。夏服姿の生徒十数人が、数人ずつ輪になってモチーフを囲み、イーゼルを立ててデッサンに取り組んでいる。その中には桃乃や荒木、葵がいる。先生が見て回り、アドバイスをする。
みのりの上半身をイーゼル越しに映す。
以降、デッサンに取り組むみのりを色々な角度や距離で映しながら、みのりの声だけが流れる。
みのり「いろんな選択科目があって、その中に美術の科目もたくさんある学校。イラストを描くのが大好きだったから、迷わずこの学校を選んで、一年の自由選択も迷わずこの授業にした。本格的に授業が選べるのは二年からだけど、そこでも美術の授業をたくさん取って、絵やデザインを思いっきり勉強しようと思ってた……もちろん、今こうして絵を描いてても楽しい………でも、でも…………」
そのままやや長めにフェードアウト。
シーン2・5
フェードインすると、講堂のような大きい教室。一学年全部とおぼしき数の生徒(以下2・7まで生徒は夏服)が集められていて、舞台の端の演台で教師がしゃべっている。舞台中央のスクリーンに「産業社会と人間
『「10年後の自分」レポート』」というスライドが映っている。
以下、その構図や教師のアップ、話を聞く生徒たち数人ずつのアップ、そしてみのりのアップを適宜繰り返しながら、教師が話していく。
教師 「いよいよ来月の今頃から、科目選択…二年で取る授業を選ぶ作業が始まります。卒業後の進路をちゃんと考えないで安易に選ぶと、後で『希望の大学や就職先が受験できない』とかいったことになりかねません。でも、まだハッキリと考えられていない人も多いでしょうから、もう一度、このレポートの目的を確認しておきます。十年後に自分は『こんな仕事をしていたい』『こんな生活をしていたい』という希望を確かめることで、そうなるにはどうすればいいかを考えるためです。そのためにはどんな職業に就けばいいか、そのためにはどんな進学や就職をすればいいか…を調べて見つけて、あとはそれに必要な勉強を調べれば、どの科目を選べばいいかは見えてきますよね?」
そこで教師は生徒たちの空気を探るようにしながら間を置き、以降、口調が柔らかくなる。
教師 「十年後をイメージするのって、難しい?でも、もちろん大事だけど、そんなに重たく考えないで。努力は必要だけど、一人で生きていくわけじゃないんだから。家族や親戚もいるし、それに結婚したら二人で稼げるでしょう?だから…」
うつむいたみのりのアップに切り替わる。みのりの声だけが流れる。
みのり「でも私は、ずっと一人で、自分だけで生きてかなきゃいけんから…」
シーン2・6
校内の廊下。運動部の掛け声や吹奏楽の練習が遠くに聞こえている。
続いて教室の扉。アニメ系のカットで飾られた「イラスト・漫画研究部
活動中」という札がさがる。
教室内の全景。一人、あるいは机をくっつけて二、三人で何かのキャラを描いたり、同人誌を見せ合いながらおしゃべりしたりする部員たち。続けて集団ごとのアップを数カット。
みのりだけが背を向けて、部屋の片隅にあるデジタル作業用のパソコンに向かっている。
みのりのバストアップ。ディスプレイから顔を遠ざけて、溜め息まじりにつぶやく。
みのり「この仕事も食べてけるか微妙だなぁ…しかもブラックっぽいし、東京とかにしかなさそうだし…」
遠目にディスプレイを見るみのりの視界に切り替わる。
と、いきなり荒木(高校生…以下このシーンでは同じ)の顔が飛び込んできて、大げさに目を見開く。
荒木 「みのり、元気ー?」
二人が向き合うカットになるや、みのりは吹き出しながら椅子から転げ落ちそうになる。
以降、向き合う二人とどちらかのアップを適宜組み合わせながら。
みのり「ちょっと荒木ちゃん、その変顔やめてって言っとるでしょー」
荒木 「変顔じゃないの!クセなの!…ていうか、みのり何しとるの?どう見ても絵の仕上げじゃなさそうだけど」
みのり「『十年後の自分』の調べもの………荒木ちゃんは、地元に残るの?」
荒木 「うん。仕事何するかまでは分からんけど、市内か高岡の専門学校に行って探すって書いた」
みのり「え?じゃあイラストとかどうするの?荒木ちゃん、なんか描く仕事したいって…」
荒木 「そっちは趣味で同人誌とかやればいいし。だから授業はとりあえずビジネス系で選ぼうかなって」
そこで葵が話に入ってくる。
葵 「えぇー、荒木ちゃん美術やめちゃうのー?」
荒木 「うん。でも葵だって地元希望でしょ。美術系じゃ不安じゃない?」
葵 「そりゃ美術系の仕事はないけど、贅沢言わなきゃどっかでは働けるし。先生も言っとったけど、お給料が安くたって、ずっと一人なわけじゃないじゃん?」
荒木 「かなぁ」
葵 「みのりも、もっと気楽に考えて大丈夫だよ!東京行くの嫌なんでしょ?」
葵から目をそらすようにうつむくみのり。
みのり「う、うん…」
シーン2・7
夕暮れ時のみのりの家の前。みのりが帰ってきて門をくぐり、玄関を開ける。
みのり「ただいまー」
家の中に切り替わる。上がり框を上がって歩き出すみのり。「おかえりー」という母親の声。
みのりがこちらに背を向けた構図に切り替わり、奥から母親が顔を出す。
母親 「東京の、お父さんの方のおばあちゃんが、十月の、体育の日のとこの連休で遊びに来ないかって」
みのり「え?」
母親 「ほら、みのり夏に行けんかったでしょ?」
みのり「…たぶん大丈夫だけど、スケジュール見てからでいい?」
母親 「いいわよ」
母親の返事を聞くと、みのりは横にある階段を上がっていく。
みのりの部屋。制服のまま勉強机に座るみのりの後ろ姿。
すぐに頬杖をついて浮かない顔をするみのりに切り替わる。みのりの声だけが流れる。
みのり「おばあちゃん家に行くたんびに、東京は見とるけど…」
クロスフェードで、みのりがする東京の回想に切り替わる。浅草やお台場やディズニーの景色が一瞬ずつ入った後、街の雑踏でぶつかられたり、混雑する電車で痛いぐらい体を押さえつけられたり、夜遅くにくたびれた感じで駅から出てくる人たちを見たり…といった記憶が映し出される。最後に、みのりと両親が家で食卓を囲む風景。ビールを傾けながら父親がしみじみと言う。
父親 「いまだに思うけど、こっちへ転勤したおかげで『まともな人間』になれた気がするなあ…何時間も電車通勤しなくてよくなっただけでも、ここは天国だよ」
母親 「東京の頃のお父さんったら毎日遅かったし、帰ってきたらいつも蒼い顔してたものねー…みのり、その頃お父さん、ゲッソリ痩せてたのよ。今は今で見るも無惨だけど」
父親 「おい………」
回想からクロスフェードで元に戻ると、みのりの声だけが流れる。
みのり「たまに遊びに行くのはいいけど、あそこに四年間…ううん、ずっと住んで学校に行ったり働いたりするのは、やっぱり嫌…」
続いてまたクロスフェードで、葵が「贅沢言わなきゃどっかでは働けるし」「みのりも、もっと気楽に考えて大丈夫だよ!」と言っているシーンを挟む。そしてクロスフェードで元の画面に戻る。
みのり「…でも、働けるっていってもお給料が安かったりバイトだったりじゃ、私は困るんだけど」
そこで、みのりは顔を上げる。
みのり「そうだ。じゃあ地元でずっと、しっかりと食べていける仕事って、どんなのがあるんだろ」
机の上のアップ。みのりの手が置かれたノートパソコンの蓋を開け、電源ボタンを押す。
クロスフェードして、夜中。まず外からみのりの部屋の明かりを見上げる場面。
すぐに、みのりの部屋。風呂上がりの格好のまま机に向かうみのりの後ろ姿。
机のアップ。パソコンの手前にノートが置かれている。さらにノートをアップにして、書かれた中身を上から順に追っていく。県庁・市役所などの官公庁、北陸電力・JR・富山銀行・郵便局…といった優良企業が書かれ、それぞれの横に就職する方法を調べて書いたらしいメモ書き。
パソコンから目を離して、暗い表情で呆然とするみのりの上半身。みのりの声が流れる。
みのり「…どれも、富山大や金沢大に行くか、それと同じぐらい難しい試験を受けるかしかないなんて………これじゃ、美術の授業なんて取ってるどころじゃないじゃん……嫌だ!そんなの……でも………」
シーン2・8
長めにクロスフェードして、堀川小泉の停留所から見た高い秋空。続いて校舎の外観。
イラスト部の看板。
続いて、机をくっつけて座るみのり、荒木、葵。三人も他の部員も冬服に替わっている。(以降ラストまで生徒は冬服)
葵は紙にイラストを描いていて、荒木は同人誌を読み漁っている。みのりは紙を広げてペンを持ってはいるが、紙は真っ白で、手を止めて考え込むようにしている。
以下、話している二者を中心にしたカットを適宜。
葵 「みのり、どうしたの?ボーッとしちゃって」
みのり「ううん、なんでもないよ」
そこに荒木が入ってくる。
荒木 「みのり、最近元気なくない?あんまり作品描けとらんみたいだし…パソコンで仕上げとかできるのみのりだけなんだから、あのパソコンも淋しがっとるよ」
みのり「うん、そうだね…」
荒木 「みのり大丈夫?ひょっとしてお菓子の食べ過ぎ?」
葵 「あんたと一緒にしない!」
荒木 「私、食べ過ぎてなんかないもん!」
楽しく言い合う二人をよそに、みのりがクローズアップされる。みのりの声だけが流れる。
みのり「私はずっと一人で、自分だけで生きてくしかない。で、確実にそれができる道を選んだら、イラストや美術は捨てなきゃいけん……でも、こんなに好きなこと、捨てられんよ………レポートは適当に書いたけど、もうすぐ、本当にどっちか選ばなきゃいけんくなる。どうしよう………」
クロスフェードでホームルーム中らしき教室。教師は黙って座っていて、生徒は座って何か書いている。
黒板に「選択科目登録用紙の記入」と書かれ、その下に注意事項がいくつか小さく並ぶ。
小さく話し声が行き来するものの、うるさくはない。
相談しながらペンを動かす亜美と遙香。
紙面をペンで差しながら考えている桃乃。
みのりも考えているが、頭痛でもしているような重苦しい表情で机をにらんでいる。
画面が教室全体に変わってから、ふたたびみのりの苦痛の横顔。続いてペンを握った右腕のアップ。
みのりの机に置かれたプリントがアップになる。「基本となる系列」という文字の下に「美術工芸」「人文科学」「食物被服」「ビジネス」の四つが並び、美術工芸に○がつけられている。
動き出したみのりの手のアップを挟んで、ふたたび紙面に切り替わる。
美術工芸に×がつけられ、人文科学に○がつけられる。
悲しそうな顔をしたみのり。言い聞かせるように小声でつぶやく。
みのり「仕方ないよね…仕方が、ないよね…私はただ地元に残るんじゃなくて、一人で、自分だけで、しっかり生きてかなきゃいけないんだから…」
そのままやや長めにフェードアウト。
シーン2・9
フェードインすると、美術の授業風景。課題は油絵になっている。窓の外に灰色の空。
絵筆を動かすみのりを斜め前から。奥側の隣に桃乃がいる。(以降ラストまで女子生徒はタイツ着用)
桃乃 「みのり、美術系にしなかったんだね」
みのり「うん…桃乃だって、調理師目指すことにしたじゃん」
桃乃 「ウチはこの授業で才能ないって分かったから…でもみのりは、ちょっともったいない気がする」
みのり「……………」
みのりは筆を止めて、ちょっと間を置いてから桃乃を見る。桃乃は筆を動かしたままで気がつかない。やがてみのりも向き直って描き始めたが、顔が戸惑うような表情になっている。
教室全景。授業が終わりに近づき、片付けのために席を立つ生徒が出てきている。
席から立ち上がるみのり。床にあった道具をいったん椅子に置いてから、描きかけの絵を振り返る。
みのり「本当に三月までで、やめられるかなあ……ううん。やめなきゃ」
放課後。イラスト部の活動場所がある廊下。みのりが歩いてくる。
看板がさがる扉のすぐそばまで来たところで足を止めて、しばし黙って立ち尽くす。
みのり「…今日も、よそう」
苦渋の表情を見せてから廊下を引き返すみのり。しかし、名残惜しそうに一、二度振り返る。
堀川小泉の停留所。みのりも他に何人かいる生徒もコートを着ていて、空は灰色。電車が入ってきて、みのりたちが乗り込む。(以降ラストまで、登下校時の生徒は冬の装備)
シーン2・10
夜の、みのりの家の外観。
続いてみのりの部屋。教科書とノートを広げて勉強をしているみのりを斜め前から。
画面がノートのアップに替わる。みのりの手は片隅に何かのキャラクターのイラストを描いている。
みのり「あーっ、ダメだって!」
叫びながら頭を振って、それから消しゴムを動かすみのりを後ろから。ふたたび斜め前からのカット。ペンを持つ手はイライラした感じでノートをつつくばかりで、勉強に集中できていない様子。
場面が変わり、豆電球だけがついたみのりの部屋。
いきなりみのりがガバッと上体を起こす。泣き出しそうな苦悶の表情のアップ。
みのり「やだ……夢の中まで、イラストや絵の課題ばっかり……」
夜中の二時頃を差す目覚まし時計のアップを挟みつつ、ふたたび横になったみのりの上半身を上から。
みのりは寝返りを打つばかりで、いつまでも眠れない。
シーン2・11
クロスフェードで、寒そうな曇り空の朝。路面電車が街を走り抜けていく。
車内で立つみのりを横から。続いて肩から上を正面から。いかにも寝不足という生気のない顔。
みのりの声だけが流れる。
みのり「…ダメ…明日こそ、寝なきゃ…」
授業中の教室。
うつろな顔で授業をうけるみのり。
手元のアップ。みのりの手がノートの隅に絵を描いている。
すぐに元のアングル。みのりはもう片手で手を叩いて絵をやめると、教科書に目を落とす。
が、顔が次第に苦痛にゆがんできて、伏せるようにうつむく。
苦しむ横顔がアップになる。やがて教師が通りかかり、みのりの肩に手を添える。
教師 「ちょっと、大丈夫?」
みのり「…はい。すみません……」
美術の授業で油絵を描くみのり。顔に元気はないが手はちゃんと動いている。みのりの声だけが流れる。
みのり「こんなに楽しいのに、やめなきゃいけないなんて…嫌、無理…もっと描いて、卒業しても…」
急に絵筆が止まるや、みのりは腹のあたりで両手を組んでギュッと縮こまる。
目を閉じた苦しそうな顔のアップとともに、声だけが流れる。
みのり「でもやめなきゃ!もう決めちゃったでしょ!」
組んだ手から、筆を持った右手が持ち上がる。筆がおそるおそるキャンバスに触れ、やがて動き出す。
バストアップに切り替わる。うつろな表情なのに目と手が勝手に作業に向かっている、という感じ。それが続きながら声だけが流れる。
みのり「やめなきゃ、いけんのに…もうやだ、こんなの………こんな学校、来なければよかった…普通の高校だったら、美術の勉強や美大なんて、思いつかんで済んだのに…」
そのまま長い長いフェードアウト。
シーン3・1
やや間を置いてから、長めにフェードイン。
車内で寝ているみのりの上半身。すぐに目を覚まし、あわてて周囲を見回す。「次は、諏訪川原です」という自動放送。「あっ」という顔のアップの後、降車ボタンを押す手のアップ。
みのりが諏訪川原の停留所に降りて、遅い足取りで電車通りを渡る遠景。歩道に取り付いて向きを変え、電車の進行方向と同じ方へ歩き出す。相変わらず大雪が降るが、電車通りは歩道まで除雪されている。
電車通りから角を曲がって細い道に入ってくるみのりを、前から。細い道は除雪がされていない。
斜め横からの遠景に切り替え、みのりが辛そうに歩いていく。入って二軒目の家が古い木造家屋なのを映しておく。
みのりの足元のアップに切り替わるや、足が何かにけつまずく。
みのりの驚く顔のアップ。
みのり「きゃあ!」
みのりは前のめりに雪の上に倒れ、そのまま動かなくなる。
気を失った顔のアップ。倒れた体に雪が舞い降りるカット。そのままフェードアウト。
シーン3・2
少し間を置いてフェードインすると、みのりの視界。道の端の板塀が見えて、雪が降っている。
気づいたみのりの顔のアップ。ズームアウトして腰のあたりが入るまで引いたところで、みのりが上体を起こしにかかる。
上体を起こしたみのりの全身。
みのり「私、どうしちゃったんだろ…?」
斜め横からの遠景。立ち上がって雪まみれのコートを振り払うみのり。拾った傘を広げて歩き出す。
後ろ姿に切り替わる。みのりは次の角を右に折れる。
マフラーを口元まで引き上げ、背中を丸めて歩くみのりを前から。積雪と体調のせいで歩みは頼りなく、顔はいかにも具合が悪そう。咳き込みながら、
みのり「さっきので、一気に体調悪くなった、気がする…」
みのりの家と前の道を正面から。窓には雨戸がおりている。
みのりが現れ、やがて扉のない門をくぐり、庇の下で傘をたたんで玄関のドアを開けようとする。
ドアを引く手のアップ。が、ドアはビクともしない。驚くみのりの顔。
ふたたびドアを引く手。二、三度試すが、やはり開かない。みのりの顔に戻る。
みのり「困ったな…今日お母さん仕事ないって言ってたから、鍵置いてきたのに…」
門の外からの、みのりの後ろ姿。
みのり「あ。買い物…かな?」
言うとこちらを振り返り、手前に向かって歩いてきて右に折れる。
駐車スペースの奥から道の方を見るカット。みのりが来る。駐車スペースには車がなく、道と同じ高さで雪が平たく積もり、車を出した時に刻まれるべき轍がない。
みのり「降り出す前から…どこまで買い物に行っとるの?」
みのりの後ろ姿の向こうに駐車スペース、というカットに切り替わる。
みのり「おまけにヒーターもつけないで…これじゃ車入れられんし」
駐車スペースを後にして道に戻るみのり。何かに気づいたように家の方に目をやり、けげんそうな顔で立ち止まる。一階や二階の窓に雨戸がおりている光景。続いてみのりの顔。
みのり「やだ!雨戸なんか閉めて…どこ行ったのよお母さん?」
雪が降る家の前で立ち尽くすみのり。やがて力なく門を入り、玄関の庇の下へ。
降る雪越しにみのりのバストアップ。額に手を当て、辛そうに顔をしかめている。声だけが流れる。
みのり「ダメ…寒い…フラフラする…」
やや遠景になると、みのりはドアを背にしてしゃがみ込んでしまう。
鞄を横に置き、背中を丸めてしゃがみ込むみのりを横から。
みのり「もうやだ…疲れた…」
クロスフェードで、授業中に辛そうにしているみのりや、キャンバスを前に苦悩の表情をしているみのりをもう一度映す。
クロスフェードして、雪が降り積もる家の前の道の風景。
しゃがみ込むみのりの上半身。うつろな顔。
みのり「そうだ、電話…」
みのり、顔も向けずに鞄のポケットからのろのろとスマートフォンを取り出す。スマートフォンを持つ手のアップに切り替わり、ストラップがクローズアップされる。みのりの顔。
みのり「桃乃…」
スマートフォンを両手で包むようにして、辛そうな顔になって目を閉じる。声だけが流れる。
みのり「私、苦しい…気持ちを打ち明けて、思いっきり抱きしめられたい…でもダメだよね。桃乃もそういうの、変態、キモいって絶対思っとるよね……だから私は、一人で生きてかなきゃ…」
降る雪の向こうに、横向きのみのりの上半身。みのりはスマートフォンを抱いたまま目を閉じている。
そのままフェードアウト。
シーン3・3
長めにフェードインしながら、お姉さんの必死な顔と声。
姉さん「ちょっと、どうしたの!大丈夫?!」
目を開けたみのりの顔に切り替わる。肩を揺さぶられて、まだ少し夢心地な顔が揺れる。
みのりとお姉さんとを横から。みのりが答える。
みのり「あの……ここ、私の家で……お母さんが帰ってくるのを、待っとって……」
お姉さんの「はぁ?」という顔。
姉さん「帰ってくる、って………あなた、この家は………」
そこまで言ってから急に口をつぐむ。考えるような間を少し置いてから、何かに気づいたような目。
こちらに背を向けたお姉さんが、みのりを抱き起こしにかかる。
みのり「だ、大丈夫、ですから…」
みのりはそう言うも、言ったそばから体をふらつかせる。
抱き起こされたみのりのアップ。みのりの額にお姉さんの手が伸びる。
姉さん「熱があるじゃない」
みのり「え……」
逆転して、お姉さんの顔。
姉さん「とりあえず、私の家にいらっしゃい。肩につかまれる?」
みのり「…はい」
画面が引き気味になる。お姉さんが背中を向け、その背中にみのりは半分もたれて、片腕を相手の肩の向こうへ回す。お姉さんは投げ出してあった傘を拾い、雪の中へ足を踏み出す。みのりも歩き出す。
歩いてきた二人が、細い道同士が交わる角を左に曲がる。
曲がった先の道。さっきみのりが転んだ道を電車通りに向かって歩く、二人の後ろ姿。
(二人はみのりの帰り道を逆にたどっている)
向きを逆転させて、少しアップに。道の片側にあるアパートの前でお姉さんが止まる。
姉さん「ここよ。狭いけど、さっきの玄関先よりは暖かいわよ」
アパートの正面を入れた遠景。
すぐに、アパートを見上げるみのりの顔。
みのり「こんなとこに、アパートあったっけ…?」
ふたたび遠景になり、お姉さんと、彼女に手を引かれたみのりがアパートの敷地へ入っていく。
★サンプルはここまでです。これより先は、単行本『雨が止んだら・脚本「みのり二人」』にてお楽しみください!
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