午 前 十 時 の 春 「くそっ…あのガキまで…陰で私の事を体脂肪女とか眼鏡ブスとか言ってたなんて…」  普段のよみならば強気に言うべきセリフだが、彼女は頭から布団をかぶり、声は弱々し く震えている。  なによりも、授業中に保健室に来ているということが、彼女の憔悴を物語っていた。 「元気出そうよ!ちよすけは後で私がいじめといてあげるからさ!」  付き添いでベッドの横に座っているともが、目一杯元気よく声をかけた。  ともにすれば、よみを励ましたい一心で力強い言葉を選んだのだが、それがかえってい けなかった。 「智!どうせあんたもデブだとか思ってるんでしょう!!」  がばっと跳ね起きたよみの絶叫が響く。泣きはらした赤い目が、ヒステリックにともを にらんでいる。 「え…あ……」  とっさの出来事に、ともは言葉が見つからない。よみはうつむいて激しく泣き始めた。 どうしていいか分からなくなったともは、目をそらすしかなかった。  と、目をそらした先に、壁に取り付けられた姿見があった。 「………」  ともは向き直ると、よみが泣きじゃくるのにかまわず、 「よみ、こっちへ来て!」 と、よみの手を引っ張った。 「何するのよ!ほっといてよ!!」 「いいから来なさいよっ!!」 ともの気迫に、今度は、よみが言葉を失う番だった。  泣くのも忘れ、おっかなびっくり姿見の前に連れてこられたよみ。  女の子は、生理的に泣く。それを上回る衝撃を与えれば泣きやみ、後には放心だけが残 る…。それを見透かしたかのように、ともは素早く後ろからよみの体に手を回し、ストラ ップの下に隠れているジッパーをおろした。  ばさっ、と制服の上着がよみの頭をくぐる。  よみの白い肌が、姿見に映し出された。 「あ…」  想像を絶する事態だというのに、よみはかすかに声を上げただけだった。ともは、彼女 に考える間を与えない早さで、スカートを脱がせにかかる。 「……きれい…」  スカートが滑り落ち、よみの足下に輪を作った瞬間、ともが思わずつぶやいた。  よみはようやく思考を取り戻したが、恥じることも、ともの行いをいぶかることもしな い。姿見に映る、下着とニーソックスだけになった自分の体を、じいっと見つめていた。  多くの同性があこがれ、自分も望んできた「大人の女性の体」そのものが、鏡に映って いた。 「…ねえ…よみ、太ってるかな……違うよね…」  よみの腕にもたれかかりながら、ともも鏡に映るよみの裸を、うっとりと見つめている。  よみは、「ああ」と言いかけたが、口をつぐんだ。頬が少し赤い。  そして、一呼吸置いて、つぶやくように、しかしはっきりとともに向けて言った。 「分からないな……、ともと、比べてみないと…」 「…ともって……意外と大人っぽい体型なんだな…」 「意外ととは何だっ…でも、水泳の時に言ったけどさ…私、おなかにくるんだよね……あ っはっは」  ともも制服を脱いで、よみと姿見の前で向き合っていた。中身を聞く限りいつもの二人 の会話だが、なぜか言葉が途中で途切れがちだ。  そしてついに、会話そのものが途切れた。無言で下着一枚の互いを見つめる二人。  沈黙を振り払ったのは、よみだった。 「…あのさ……なんて言っていいか…わからないんだけど…」  恐る恐る口を開くよみの頬が、みるみる赤くなっていく。それを見てともは何もかも悟 ったが、もし違っていたらという思いが、言葉を婉曲にさせた。 「…言いにくいんなら………、言葉じゃなくて……いいよ」  ともが真っ赤になってそれだけ言い終えるのと、よみがともを抱きすくめるのが、同時 だった。  とももよみの白い肌に手を回す。同じ波長の激しい痺れが、二人の体中をつらぬいた。 互いの腕はぬくもりを求めて相手の体をまさぐり、互いの唇は相手の首筋に愛の証を刻む。 「ああ……、ずっと好きだった!」 「私も…あ、ああっ」  よみはともと唇を重ねながら、片手をとものショーツに差し込み、もう一方の手でブラ ジャーのホックを外しにかかる。 「…あうっ……こ、ここじゃイヤ…」  ともは陶酔の中から、かろうじてそう言った。 「……そうだな…」 よみはそう言うと、ともを抱きかかえてベッドへと歩き出した。こころもち足がふらつい ている。 「…よみ…大丈夫?」 「……誰かさんが…、人の敏感な場所を…さわりまくるからだ」  掛け布団も下着も、床に乱雑に散らばっている。  制服に至っては、カーテンの向こう側に脱ぎ捨てたままだ。  だが、思いを遂げた二人にとって、そんなことはどうでもよかった。  抱き合ったまま余韻を確かめ合う、よみととも。何もかもが真っ白で、時計が針を進め る音だけが聞こえる。 「…とも……」 「え?」 「……ずっと…こうしていたいな…」 「うん、…私も大好きだよ。よみも、よみのこのぷにぷにした感触も…」  ともはそこまで言って、「しまった!」と思った。  しかし、すでに遅かった。 「ダブルチョーップ!!!」  ともは遠ざかる意識の中で、授業の終わりを告げるチャイムを聞いた。鐘の音は、彼女 とよみとを祝福しているように聞こえた。                               【 完 】