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=田島葵の創作小説「新嘲文庫」=

 WEB公開作品(全3回) 

早春の山里。川沿いの鉄路ですれ違う二人…。

なごり雪 ―――恋山形発、下りの汽車

 三月。遠く日本海へと注ぐ川の上流には、まだ雪が残っていた。
 杉山に囲まれた内陸の町・智頭。町の中心からさらに川をさかのぼった谷間の集落。今朝も、深い杉林の中に祀った「山の神様」に祈りを捧げる一族がいて、この春から高校へ進む清音も、その末席で手を合わせている。
「あーあ…私だけ、いつまで毎朝こんな事しなきゃいけないんだろ……ん?誰よさっきから!」
 肩をつついてくる指の感触に清音が振り返ると、別の指がギュッと頬を刺し、本家の長男・龍之が笑いを噛み殺していた。細長い体、いつも遠くを見ている様な目………彼女の一つ年上の、たった一人の幼なじみ。そして、去年にわかに県都・鳥取の街で下宿生活を始め、たまに帰ってくる以外ここへ来なくなった「裏切り者」。
「キヨちゃん、おひさー!」
 横にもう一人、アンティークドールまがいの衣装に身を包む少女が。
「あれ…紗夜さんも?」
「うん、ついでに連れてきた」
 智頭の町中に住み、龍之と同じく鳥取の高校へ通う、遠縁の先輩。清音もかわいがってもらっていたから、連れてきて変だということはないのだが…。

「ここの桜の方が、綺麗だってば!」
「町の土手のヤツの方が絶対ステキだって!」
 まだ蕾もつけない桜の美しさをめぐり、清音と紗夜が、ふとしたことから不毛な言い合いに。
「…じゃあ、枝振りだけでも見比べてみようか」
 龍之の一言で、三人は谷間の山肌にある恋山形の駅から、下り列車に乗る。川沿いを軽快に走り、五分で智頭の町中へ着いてみると、同じ列車がそこでは「上り鳥取行き」と案内されていた。
「そういえば、智頭だと鳥取行きって上りだよね…東京から離れてってるのに」
 紗夜が寄りかかるようにして龍之に問いかけると、清音も負けじと話に入ってくる。
「川は鳥取までずっと下りだけぇ、ここからも『下り』でいいはずだよね!」 「へ?」
 清音の台詞に年上の二人は一瞬フリーズし、そして紗夜が大笑いを始めた。
「キヨちゃん、マジでそう思ってたん?バカじゃー!」
「え………川下に行くから、下りじゃないの?」
「ハハハ、キヨちゃんらしいや………だけど」
 龍之も静かに笑って見せたが、ふっ、と眼差しをあらためる。
「…鋭い、っていうか、ちょっとビックリした」
 川も線路も、確かに鳥取の街までずっと下り続けている。ただし川はそこで終わりだが、線路の方は、さらにそこから………。

 やがて清音が抱く恋を、雪解けや山の色の移ろい、桜の芽吹きとともに描いてゆく少し長めの物語。
 三回に分けて、桜が終わる頃までに。



『なごり雪』 第一章(11/16公開)



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